おいでよ野忽那へ
瀬戸内シーサイド留学のご案内

*シーサイド留学は平成20年度をもって休止しました。このページは参考までに。

青い海、白い砂浜、あふれる光、木々の緑。
 新鮮な魚とみかん、穏やかな島、野忽那(のぐつな)。
 過疎化の波が押し寄せるなか、昭和63年島民総意による留学制度が発足。
 以来平成20年度で21年目(62年度のテストケースを含めると22年目)を迎え、毎年、数名の児童を日本各地より受け入れ、多くの卒業生を送り出してきました。
 野忽那を第二のふるさととして、島の行事や休暇になると再び島に帰ってくる卒業生がいることは、島民にとっては何よりの喜びです。
 「野忽那の自然と、穏やかな島民の心で、実体験を通して子どもを育む。
 それが、「瀬戸内シーサイド留学」です。

のぐつなってどんなとこ?
募集要項
 留学関係者の作文
めざす子ども像
留学生出身地
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のぐつなってどんなとこ?
 野忽那島は周囲6キロ、面積1平方キロ、人口約200
人。農業(みかん)と漁業の町です。
  松山市の高浜港には船が毎日運航しており、海の青さ
と白い砂浜、アジ・メバル・サバ等、豊富な魚や手付かず
の自然を求め、多くの人が一年を通して訪れます。学校
の裏手にある皿山の遊歩道を登れば瀬戸内海の美しい
眺めが広がっています。
  島民は昔ながらの良き伝統を守りながら、新しい時代
の流れに沿ってみかんの栽培と沿岸漁業で生計を営ん
でいます。また、地域の文化活動の中心である学校に
も、運動会、学習発表会はもとより、そのほかの学校行
事にも島民挙げて積極的に参加、協力し島民総ぐるみで
明日を担う児童を見守っています。
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めざす子ども像
海に鍛え、太陽に学び、花と育つ
いつもいきいき げんきな子 みんななかよく やさしい子 ねばりづよく  がんばる子

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募集要項

 平成21年度以降の留学生の募集はありません。
 
 *参考までに、20年度の募集要項を載せております。
 
(1) 募集人数  4名程度

(2) 留学期間  4月から1年間を原則とします。

(3) 留学生の受入
 ○ 留学生の受け入れは、シーサイド実行委員会が中心になって行います。
 ○ 留学生は、シーサイド留学センターを生活の根拠とし、松山市立野忽那小学校に通学します。

(4) 募集基準
 ○ 新年度に小学生1〜6年生に該当する児童(4名程度)
 ○ 自然豊かな野忽那小学校での就学を希望する児童
 ○ 保護者が瀬戸内シーサイド留学の趣旨をよく理解し、協力的であること

(5) 応  募
  希望者は、電話かインターネットで問い合わせていただき、下見などを経て、2月5日(火)までに申込書を提出してください。   用紙は郵送いたします。

(6) 経費 (予定)
 ○ 委託費   …40,000円(月額)食費・寮費・指導費など
 ○ 学校関係費…70,000円(年額)教材費・PTA会費・給食費など
 ○ 預かり金  …30,000円(年額)病院受診費・交通費・こづかいなど


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留学生出身地
62 63 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20
東 京        
       
4
千 葉        
       
1
石 川                
岐 阜
1 1
静 岡
京 都        
15
奈 良                    
大 阪        
2 1 3 1 21
兵 庫      
15
岡 山                    
広 島                
2 1 6
香 川                  
1 8
愛 媛    
2
2 28
福 岡                    
 長崎 1 1
佐 賀                    
沖 縄          
11 12 10 4 3 3 3 4 120

( 単位:人 ) 注意:複数年留学した児童もその都度数えています。
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シーサイド留学関係者の作文

【シーサイド留学児童の作文】
私は、この野忽那に留学してよかったと思っています。京都の町の空気をすうと、のどがジンジンするときがあります。でも、この緑に囲まれた野忽那の空気をすっていると、体の調子が悪くなることはめったになかったです。
私の願いの一つは、海の夕日を見ることでした。京都の家では、見ることのできない美しいこうけいを、この野忽那ではたくさん見ることができ、何の不安もなく1学期を終えることができました。2学期には、男子といっしょに皿山でおにごっこをしました。山のちょう上まで登ると、そのけしきの美しいこと、思わず「わあ、きれい」と言ってしまいました。運動会・音楽会の練習といそがしい毎日でしたが、うまくやりとげられたのでよかったのです。この野忽那に来て、いろいろな思い出ができて本当によかったと思います。(京都市)

 私は、留学するために野忽那に来ました。受け入れ式で、みんなに自己紹介をする時、「いよいよここでの生活が始まるんだな。がんばらなきゃ。」と思いました。
 私がなぜ野忽那に留学したかというと、少ない人数で生活してみたかったからです。また、海が近くにあるのでとても楽しそうだったからです。
 はじめはきんちょうしたけれど、すぐにみんなと仲良くなれて、海や山へ遊びに行きました。野忽那の人は、みんなやさしくて楽しいので大好きです。
 留学して私が変わったことは、友達を思いやる心をもつようになったこと、みんなにあいさつをするようになったことです。時々、できなくて反省することもありますが、町にいる時よりはやさしくなれたと思います。
 野忽那に来て、本当によかったです。(岡山県)


【地元生】
 留学制度があり、ぼくは、1年生のころから、同じ学年の人がいつも来てくれていました。そのかいあってか、ぼくは、毎日、楽しい生活を送ることができました。6年間の間にたくさんの留学生をむかえ、おくってきた生活での思い出はたくさんあります。
 やはり、ちがう土地の人だから、くいちがうことは何度もあり、くやしい、はらのたつ思いをしたことが何度かありました。でも、そんなことより、ぼくには楽しい思い出の方が印象的です。留学生の故郷はそれぞれで、友達の家にお世話になったことがあり、その度に勉強になったことがありました。だから、ぼくは今までより大きくなっていけたと思います。留学制度、それは留学生の体験でもあり、ぼくたち地元生の体験でもあると思います。これからも、この留学制度が続いていくことを信じています。

【留学生の親の想い】
子供にとって今、何が大事で、何が親としてやれるかと考えた時、子供が留学を望むなら協力してやろうと二人で考えた末の決断でした。
毎月、病院と縁の切れない細くて小さな体の娘です。心配もしましたが、みな取り越し苦労に終わり、病気らしい病気もけがもせず元気に通うことができました。これも里親さんや野忽那の皆さんのお陰と感謝しております。
娘の留学で私自身、娘以上に貴重な体験をさせて頂き、私の心も以前より大きくも強くもなれたような気がします。
(京都市)


野忽那島は、映画「船を降りたら彼女の島」(木村佳乃主演)の舞台の1つとなった島です。その映画の中でも、シーサイド留学が取り上げられています。

 自然の中で、やりたいことをやってみたいというチャレンジ精神のある児童が、今まで(延べ)120名留学してきています。(1年単位。複数年留学している児童もいます。)
 この瀬戸内シ−サイド留学は、「都会の学校から一度離れて、子どもを解放し、海と山に囲まれた大自然の中で、のびのびと生活させたい。感受性の一番強い小学生の間に、四季の美しさ、自然の厳しさや、おおらかさを体験させてやりたい。」そして、地元の子どもたちには、「都会の子どもを受け入れることにより、刺激を与え活性化を図りたい。」との主旨で生まれたものです。
 現在、留学生は、シーサイド留学センターを生活の根拠とし、共同生活を営みながら元気に野忽那小学校に通っています。

 

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